【チアパス世界遺産】パレンケ遺跡完全ガイド|ジャングルに眠るマヤ文明最高傑作|見どころ・歴史・行き方

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メキシコ・チアパス州にあるパレンケ遺跡(Zona Arqueológica de Palenque)は、チチェン・イッツァやウシュマルと並ぶマヤ文明を代表する世界遺産です。

熱帯雨林に囲まれた神秘的な景観と、美しい建築・精巧なレリーフは「マヤ文明最高傑作」とも称されています。 今回は実際に歩いた順番に沿って、現地案内板の詳しい解説とともに見どころを紹介します。

目次

パレンケ遺跡への行き方

パレンケ遺跡を観光するなら、パレンケ市内を拠点にするのがおすすめです。 市内から遺跡までは車で約15分。タクシーを利用するか、ミソル・ハ滝やアグア・アスールとセットになったツアーに参加すると効率よく観光できます。

サンクリストバル・デ・ラス・カサスからも日帰りツアーがありますが、往復約10時間近い移動となるためかなりハードです。日帰りも可能ですが、時間に余裕があるならパレンケに宿泊することをおすすめします。
(メキシコシティからパレンケへの移動は下記記事をご参照ください。)

パレンケ遺跡とは?

パレンケの歴史は紀元前226年頃(先古典期後期)まで遡り、西暦799年頃に都市としての活動を終えました。

最盛期を迎えたのは7世紀、名君キニチ・ハナーブ・パカル1世(パカル大王)の時代です。かつて隣国カラクムル(カアン王朝)からの凄惨な侵略を受け、都市機能が壊滅的な打撃を受けましたが、パカル大王とその息子たちの代で見事な復興を果たし、輝かしい芸術と建築の黄金期を築き上げました。

現在発掘されているのは遺跡全体の10%未満(約2.5k㎡)に過ぎず、1,000を超える建造物が今もジャングルの中に眠っています。遺跡の敷地は非常に広大で、密林の中に主要な神殿や宮殿群が点在しているため、まずは全体の配置図(下記地図を参照)で位置関係を把握してから巡るのがおすすめです。

パレンケ遺跡観光ルート

① 頭蓋骨の神殿(Temple of the Skull / Temple XII)

入口から最初に見えてくる神殿。

神殿の基壇(柱)にあるレリーフに頭蓋骨(クラネオ)が刻まれていることから命名されましたが、実際にはウサギの頭部を表している可能性が高いとされています。元々は赤や青で鮮やかに彩色されていました。

また、この神殿の地下からは700点以上の翡翠(ヒスイ)製品や装飾品を含む豪華な副葬品が納められた墓が発見されています。

ウサギの頭蓋骨のレリーフが美しく残っている。

② 赤の女王の神殿(Temple XIII)

1994年の発掘で大きな話題を呼んだ神殿です。

内部の石棺から、辰砂(しんしゃ:朱色の硫化水銀)で真っ赤に覆われた女性の遺骨が発見されたことから「赤の女王(Reina Roja)」と呼ばれています。近年の銘文解読により、パカル大王の妃であるイクス・ツァクブ・アハウ(Ix Tz’akbu Ajaw)である可能性が極めて高いとされています。

出土品は非常に保存状態が良く、日本でも「赤の女王展」として展示されたことがあります。

赤の女王の神殿は、遺跡内に入ることができる。

この場所でパカル王妃が長い眠りについていた。歴史の壮大さを肌で感じさせられる。

③ 碑文の神殿(Temple of the Inscriptions)

パレンケ最大の見どころであり、高さ約27.2m、底面60m×42.5mを誇るパカル大王の壮大な陵墓です。 上部神殿には、マヤ世界で2番目に長いとされる膨大なマヤ象形文字(約180年分に及ぶ王朝の歴史や儀礼)が刻まれています。

※パカル王の翡翠の仮面や豪華な副葬品の本物は、メキシコシティの国立人類学博物館で展示されています。

石棺の蓋

巨大な石棺の蓋には、トウモロコシの神の姿に扮したパカル大王が地下世界から湧き上がり、世界樹(生命の木)とともに再生するマヤ美術最高峰のレリーフが刻まれています。

人類学博物館に展示されている実際のレリーフ。

地下墓室とサイコダクト

1952年、考古学者アルベルト・ルス・ルイリエ(Alberto Ruz Lhuillier)によってピラミッド内部へ続く階段と墓室が発見されました。墓室へ続く階段には、死者の魂が天と往来するための「サイコダクト(霊の導管)」と呼ばれる石組みの管が備えられています。

④ 宮殿(The Palace / El Palacio)

パレンケ最大の建築群で、時代の異なる様々な建造物が増改築されて完成した複合施設です。

政治・経済の中心地として機能し、王の即位式や定期的な儀式、他国からの使者の謁見、献納品(貢物)の保管場所として使われました。 パカル大王の時代に主要構造が建設され、その後の後継者たちによってさらに拡張されました。

宮殿の塔(La Torre del Palacio)

マヤ地域でも唯一無二の4層構造の塔(現在の高さ約15m)。当初の2層と大部分の3層目が残っていたところ、1950年代の修復で屋根が再建されました。

王族や貴族のための見張り台や天文観測所、あるいは隊商(キャラバン)を導く松明の灯台だった説など、その用途は現在も議論が続いています。最上層には貝殻の化石を含む石板の祭壇(Altar Paleontológico)が備え付けられていました。

美しい状態で残された塔。現在は塔付近まで見学することが可能。

宮殿C棟の象形文字の階段(Replica de la Escalera Jeroglífica de la Casa C)

宮殿内部には、パカル大王の戦勝記録が刻まれた階段があります。599年のカアン(蛇王朝/カラクムルなど)によるパレンケ破壊からの復興、そして659年のタバスコ遠征による捕虜獲得など、大王の権威と軍功(戦利品としての捕虜)を誇示する文字が刻まれています。

「西暦659年の勝利の記録」を刻んだ歴史的テキスト。C棟の中庭に面した階段の中央部分にギッシリとマヤ文字が彫られているのが見える。

建物の上部に残る美しい漆喰(ストゥッコ)装飾と、屋根の上に立つ「屋根飾り(Roofcomb)」の遺構。

⑤ 太陽の神殿(Temple of the Sun)

十字架群神殿(Grupo de las Cruces)の一つ。

内部の石板には、軍事・戦争のシンボル(両刃の槍やシールド)を中心に、戦いの神(GIII / インフラムンドのジャガー神)の顔が刻まれています。 パカル王の息子カン・バラム2世の即位や王権を讃えるため、彼と父パカル王、そして古の神々が精巧に描かれています。

美しく残された装飾は必見。

新王カン・バラム2世(右)と冥界から見守る父パカル大王(左)が描かれている。偉大な父から息子へ、神聖な王権と軍事力が受け継がれたことを示す傑作レリーフ

⑥ 葉の十字架の神殿(Temple of the Leafy Cross / Cruz Foliada)

中央に描かれた十字架状の彫刻は、キリスト教の十字架ではなくトウモロコシの木(生命の木・世界樹)を表しています。 葉やトウモロコシの穂が実るような意匠から「葉の十字架」と呼ばれており、西暦692年に捧げられた石板には王と神聖なモチーフが刻まれています。※現在は立ち入れません。

⑦ 十字架の神殿(Temple of the Cross / Cruz)

十字架群の中で最も高く聳える神殿。
内部には、煙草を吸う老神「ゴッドL」のレリーフや、神聖な王権の継承儀礼(カン・バラム2世の6歳での通過儀礼と48歳での即位)を描いた石板が収められています。

階段を上って頂上まで登ることができる。頂上からの景色は圧巻。

この神殿の名前の由来となった「十字架」状の彫刻。木の頂点には聖なる鳥(ケツァール/ウナブ・クーの使者)が留まり、枝からは生命や豊かな実りを象徴するトウモロコシの穂が伸びている。

右側(背が高い人物):父パカル大王の後を継いだ新国王「キニチ・カン・バラム2世」

左側(小さく描かれた人物):冥界から息子を見守る亡き父「パカル大王」。

⑧ 神殿 XIV(Temple XIV)

十字架群のエリアに隣接する神殿です。 カン・バラム2世の弟であるキニチ・カン・ホイ・チタム2世(在位702-711年)の時代に建てられました。

内部の石板には、他界した兄カン・バラム2世とその母(イクス・ツァクブ・アハウ)が描かれており、神KAWIILの小像を授授しながらダンス(踊り)を舞う姿、あるいは水生植物の帯(聖なる泉)の上に佇む神秘的な世界観が彫られています。

⑨ 球技場(Juego de Pelota / Ball Game)

マヤ文明において単なるスポーツではなく、相反する力や対立する自然現象の相剋を象徴する深い宗教儀礼が行われた場所です。

プラットフォームの斜面には文字(グリフ)が刻まれた大きな石板が敷かれていました。一般的なマヤ球技場で見られる石造りのリングは見つかっておらず、木製のリングが使用されていたと考えられています。

⑩ 北の建物群(Grupo Norte)

広いプラットフォーム上に5つの神殿が立ち並ぶエリアです。

それぞれの神殿は異なる時期に建てられ、中央広場の北側の境界を成しています。柱やフリーズ(小壁)には、漆喰(ストゥッコ)で作られた精巧な浮彫レリーフが施されていたと考えられています。トラロックの仮面レリーフが美しい状態で残されています。

雨と豊穣を司る神であるトラロック。

⑫ 伯爵の神殿(El Conde / The Count)

5段のピラミッド基壇の上に立つ神殿です。

19世紀前半に探検家ジャン=フレデリック・ヴァルデックが滞在したことから名付けられました。彼は「伯爵」を称していましたが実際は自称で、初期の滞在場所としてこの神殿を利用していました。

かつて柱やフリーズには漆喰のマスカロン(面)装飾が施されていました。また、ポーティコ(玄関部)の床下からは3つの墓が発見され、貝殻のビーズや骨細工、ペンダントとして使われた穴あき巻き貝などの豪華な副葬品が出土しています。

⑬ 神殿 X(Temple X)

大きな削り出しの石ブロックで作られた立派な階段からアクセスする神殿です。 複数の入口と大きな階段を持つ特徴から、パレンケの中でも非常に初期に建設された建造物の一つと考えられています。西側にはプラットフォームに隣接した小さな部屋の跡(現在はかなり崩壊)も見られます。

まとめ

項目内容
名称パレンケ遺跡(Zona Arqueológica de Palenque)
場所メキシコ・チアパス州 パレンケ
世界遺産登録1987年
所要時間約2.5〜3.5時間
おすすめ度★★★★★
アクセスパレンケ市内からタクシー/コレクティーボで約15分
主な見どころ碑文の神殿、宮殿と塔、赤の女王の神殿、十字架群神殿、球技場、北の建物群、伯爵の神殿

パレンケの大きな魅力は、鬱蒼としたジャングルの中に突如として漆黒・灰色の巨大な神殿群が現れる独特のロケーションです。

さらにこの遺跡は、壮大なピラミッドだけでなく、パカル大王の悲願や王朝の興亡が刻まれたレリーフを間近で感じられるメキシコ屈指の歴史遺産です。

チアパス州を訪れる際は、ぜひ案内板の解説にも目を向けながらじっくり歩いてみてください!

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