メキシコ・プエブラ近郊にあるチョルーラ(Cholula)遺跡。
頂上には黄色い教会「ロス・レメディオス教会」が建っていることで有名ですが、実はこの遺跡には日本語ではほとんど紹介されていない見どころや、深く重厚な歴史が数多く残されています。
今回は実際に歩きながら撮影した写真を交え、アクセス方法から博物館、そして遺跡内に設置されている案内板の詳細な内容まで詳しく紹介します。
※現在ピラミッド内部のトンネル(Túnel)は閉鎖中です。チケットで入場できるのは敷地内の屋外遺跡(儀式用の中庭など)と併設の博物館(Museo de Sitio)になります。

チョルーラ遺跡とは?
チョルーラは約2,500年以上にわたり人々が暮らしてきた、メソアメリカでも最も長い歴史を持つ都市のひとつです。
最大の特徴は、遺跡中央にあるグラン・ピラミッド(Gran Pirámide de Cholula)。
高さは約66mとエジプトのギザの大ピラミッドほどではありませんが、土台の底面積は約45万㎡(一辺約450m)にも及びます。これは建築物の容積としてはエジプトのピラミッドを上回り、「世界最大級(容積世界一)のピラミッド」として知られています。
何世紀にもわたり、異なる時代・民族によって何度も増築(上書き)されたため、一見すると緑に覆われた自然の丘のように見えますが、その内部には巨大な建造物が重なるように眠っています。

プエブラからのアクセス
チョルーラはプエブラ中心部から約30分。
一番おすすめなのはUberまたはタクシーです。料金もそれほど高くなく、遺跡入口まで直接行けるため非常に便利でした。帰りもUberを呼べば問題ありません。
入場方法
チケットは博物館(Museo Regional de Cholula)側で購入するのがおすすめです。
理由は、博物館内の展示が非常に充実しているから。館内には、
- チョルーラ遺跡全体のジオラマ
- グラン・ピラミッドの内部構造
- 現在頂上に建つロス・レメディオス教会との位置関係
- 発掘の歴史
などが展示されており、遺跡の全体像を理解してから歩くことができます。
特にジオラマを見ると、「今見えている丘全体がひとつの巨大なピラミッドだった」ということが一目で分かり、遺跡のスケール感に圧倒されます。

美術館側の入り口。入ってすぐにチケット売り場がある。

美術館自体はかなり小さく、30分もあればすべて見る事が出来る。

チョルーラ遺跡のジオラマ。遺跡見学できるのは、ピラミッドの下にある遺跡群。

遺跡で発見された貴重な発掘品もみることができる。
博物館から遺跡へ
博物館を見学したら、案内表示に従って数百メートル歩きます。
途中にはロス・レメディオス教会へ登る道がありますが、ここは遺跡の入口ではありません。 初めて訪れる人は少し迷いやすいので注意してください。そのまま標識に従って歩くと正式な遺跡入口があります。

案内に沿って歩いていこう。写真の右側の道を直進する。

道の途中、教会へ上る階段が出てくるが、遺跡へはこの道を直進すればよい。

遺跡の入り口。ここでチケットを購入して入場する事も可能。
現地案内板から読み解くチョルーラ遺跡の見どころ
1. 自然に恵まれた聖地と都市の始まり
かつてこの地域は豊かなラグーン(湿地・湖)に囲まれており、数千年の時を経て湖が干上がることで肥沃な土地が生まれました。ポポカテペトル火山などから届いた火山灰やシエラ・ネバダ山脈からの水資源により、優れた農業地帯が形成されたのです。
人々は豊かな自然を神聖視し、山や丘を「水と食料をもたらす神の住む場所」と考えていました。そのため、巨大なピラミッド自体が人工の山として造られ、水の神へ供物や人身供犠が行われていたと考えられています。
2. テオティワカン文化の影響と「タルー・タブレロ」様式
遺跡内を進むと、「Edificio Teotihuacano(テオティワカン建造物)」と呼ばれる高さ2.2mほどの遺構が現れます。
チョルーラが最も繁栄した時期、当時の大都市テオティワカンと強い結びつきがあったことを示す場所です。
ここでは、斜めの壁「タルー(Talud)」と、垂直の壁「タブレロ(Tablero)」を組み合わせたテオティワカン独特の建築様式が使われています。しかし、チョルーラの人々は単に真似をするだけでなく、独自の装飾スタイルを加味していました。
この垂直壁(タブレロ)からは、赤・緑・黄・青の鮮やかな色彩で描かれた「羽毛の蛇(ケツァルコアトル)」の壁画跡が発見されています。

3. 沿岸部との交易を示す「第2建造物」
第2建造物(Edificio 2)は、石や日干しレンガ(アドベ:砂、粘土、藁、枝を水で練ったもの)で作られ、表面は「エストゥーコ」と呼ばれる泥と石灰の漆喰で美しく覆われていました。
この建物の頂部からは、巻貝(Caracoles)やヒトデ(Estrellas de mar)の装飾が見つかっています。内陸に位置するチョルーラが、遠く離れた沿岸地域(メキシコ湾など)と密接な交易・文化交流を行っていたことを物語る非常に貴重な遺構です。

4. 第6建造物と300m続く石畳の広場
第6建造物(Edificio 6)は、かつて第5建造物やテオティワカン建造物を覆うように建てられていましたが、時代の経過とともに風化・破壊が進み、現在は小石を斜めに積み上げた傾斜壁のベース部分のみが見られます。
そして、その前面に広がるのが「Patio Enlajado(石畳の広場)」です。薄い石板が丁寧に敷き詰められたこの床は、グラン・ピラミッドの南側を覆うように東西約300mにわたって続いています。床面をよく観察すると幾何学模様が浮かび上がる部分もあり、ここが都市の重要な儀式場だったことが窺えます。

5. 祭壇の中庭(Patio de los Altares)に隠された物語
「祭壇の中庭(Patio de los Altares)」は、西暦200年〜450年頃にかけて建設されました。現在の床面の約9m下に本来の広場が埋まっており、当時は幅80mを超える広大な空間でした。
周囲からは3つの祭壇が発掘され、そのうち2つには「ステラ」と呼ばれる立石が添えられていました。そこからは貝殻の供物や子供の埋葬跡が見つかっています。さらに周囲の建物の壁からは、黒・赤・青の色彩で描かれた壁画や、四芒星・五芒星といった幾何学模様も発見されており、かつて華やかな宗教空間だったことが分かります。



祭壇側面の平らな石(ステラ)に、メソアメリカ特有の波打つ蛇(羽毛の蛇ケツァルコアトルなど)や幾何学模様が繊細に彫られているのがはっきりと見える。
6. 外来文化を受け入れた国際都市とアステカの祭壇
チョルーラは長年にわたり様々な民族の影響を受けてきた交易都市でした。それを象徴するのが、西暦800〜900年頃に造られた「メヒカ(アステカ)の祭壇」です。
メヒカ文化独特の建築様式と信仰形態で作られたこの祭壇内部からは、2名分の人骨と多数の土器供物が見つかりました。さらに基壇の下からは、壺の中に収められた子供を含む8名分の遺骨が発掘されています。遠方の文化や人々がチョルーラに入り込み、独自の信仰を根付かせていた証拠と言えます。

7.古代都市の社会を映し出す「壁画」と色彩の歴史
チョルーラ遺跡の考古学的な発見として有名なのが、各建造物や祭壇に残された壁画群です。これまでに21箇所の色彩領域が発見されており、風化を防ぐために波板の保護屋根で覆われているエリアもあります。
チョルーラの壁画の中で最も有名なのが、グラン・ピラミッド内部の深い層で発見された「酒飲みの壁画(Mural de los Bebedores)」です。博物館内のレプリカを通して、古代メソアメリカ人の圧倒的な美意識を感じることができます.


壁画の主題は宴会で、登場人物たちがプルケと思われる飲み物を飲んでいる様子が描かれている。
8. 300年間に及ぶ「チョルーラの放棄」の謎
西暦500〜800年頃にかけて、チョルーラでは土器の生産や壁画の制作が急激に減少し、ピラミッドの増築もストップしました。考古学者はこれを「都市の放棄(約300年間の停滞)」と捉えており、現地案内板では以下の3つの説が紹介されています。
- ポポカテペトル火山の噴火説(西暦500年頃)
- 近隣の湖の氾濫による大水害説
- 近郊のセロ・ザポテカスへの戦略的移住説(湾岸ルートの経済競争に対抗するため)
9. 水不足と雨神トラロックへ捧げられた「子どもの人身供犠」
ピラミッドの使役が終了した後に建てられたある祭壇では、ショッキングな歴史の一端を知ることができます。
当時、干ばつによる深刻な水不足に直面した農民や神官たちは、雨の神「トラロック(Tláloc)」に祈りを捧げるため近隣の丘へ巡礼を行いました。その際、「死んだ子どもたちは人々のために水を求めに神のもとへ行く」と信じられており、子どもの人身供犠が行われていたのです。
実際にこの祭壇の西側階段前からは、生贄として捧げられた2つの子供の頭蓋骨を含む供物が発掘されています。

10. セメント名が由来?異色の「F棟(Edificio F)」
遺跡の一番奥にあるF棟の壁面(タブレロ部分)には、彫刻した石をモザイクのように組み合わせ、ヤシの葉を編んだマット(ペタティーヨ)のような複雑な模様が描き出されています。
発掘当時、崩れた石を復元する際に考古学者たちが市販のセメントを使用しました。そのセメントのブランド名が「トルテカ(Tolteca)」だったことから、いつしか「トルテカ・ピラミッド」と呼ばれるようになったという面白い歴史があります。
現在では「過度に復元されすぎている」と批判されることもありますが、当時の雄大なシルエットを体感できる貴重なスポットです。


F棟は唯一、登ることができる。頂上からチョルーラーの街を見下ろすことが可能。
11. 過渡期、そしてスペインによる「信仰の上書き」
スペイン人が侵略してくる直前、チョルーラのグラン・ピラミッドはすでに使われなくなっており、草木に覆われて一見すると「ただの丘(Cerro)」のようになっていました。
そのため、16世紀末にやってきたスペイン人は下に巨大なピラミッドが眠っているとは気づかず(あるいは意図的に旧来の信仰を塗り替えるため)、その丘の頂上に「ロス・レメディオス教会(Santuario de la Virgen de los Remedios)」を建設しました。
古代の神々を祀る人工の山の上に、キリスト教の聖堂が建てられた――まさにメキシコの複雑な歴史のレイヤーを象徴する場所なのです。

実際に歩いて感じたこと
チョルーラ遺跡は単に「丘の上の綺麗な黄色い教会を見る場所」ではありません。
- 容積世界一を誇るピラミッドのスケール感
- テオティワカン、アステカ、沿岸部と入り交じる多彩な文化の痕跡
- 雨乞いの儀式や征服時代の痛ましい歴史
実際に現地に行き、遺跡群を丁寧に読み解きながら歩くことで、この都市が2,500年以上にわたり辿ってきた数々のドラマが見えてきます。
まとめ
| 項目 | 内容 |
| 所在地 | プエブラ州チョルーラ(San Andrés Cholula) |
| アクセス | プエブラ中心部からUber・タクシーで約30分 |
| 入場料 | 一般(大人):210ペソ~ |
| 営業時間 | 水曜日~日曜日:9:00~18:00 定休日:月曜日、火曜日 |
| 見学所要時間 | 2〜3時間(博物館+遺跡) |
| おすすめルート | ①博物館でジオラマ鑑賞 ➔ ②遺跡エリア散策 |







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